Story


ロータリーエンジン保存会(Rotary Engine Preservation Society 愛称はREPS)の発足の経緯

 

なぜ車が文化にならないのか?
古い車に対して敬えないのか?

マツダのRX-7には自分の今日までの人生の約半分を捧げて来た、と言うより育てられて来ました。
車に人が育てられる?
逆でしょう?

 

いえいえ、その車に乗る事によりその車で商売をさせて頂いて生活しているのですから、育てられています。
私を例にとればRX-7を媒介として人と人が繋がって来ました。
それは何事にも変えられなくて、間違いなく車が、RX-7が導いてくれた事。

そのRX-7も既に生産中止から十数年。


今後を見据えた時に、RX-7に過去のロータリー車に何か恩返しは出来ないか?

RX-7と言うロータリー車を文化として社会に認めて貰うにはどうしたら良いだろ?

文化として認めて貰えればRX-7の存在意義も今以上に上がるし不良中古車も少しは減るのではないか?

文化として認められればマツダもその車両の存続には動かないと言う訳にはいかないだろうと・・。

甘いかも知れないけど、RX-7は残さなきゃいけないし残らなくてはいけない車だと思ました。


作った人も熱いけど、乗っている人も熱い・・。
そんな熱さを生む車が人と人との繋がりを作る。
やはりそれは文化だと思います。
古い車を乗っている事の意味や意義や思い。
敬意を払える車たちがあるのに払わない、払えない環境。
どうにか出来ないかと考えて来ました。

 

日本で唯一、ロータリーエンジンを量産車に載せ、ルマンで優勝し、未だに各サーキットのFR車の最速タイムを、欲しいままにしている車を作ったマツダ。
それを可能にしたRX-7。
RX-7を、ロータリー車を一台でも多く残したい。
仕事をさせてくれた、人の出会いをくれた、孤高のロータリー車。
今後どの様な形になってロータリー車が出てくるか判らないけど、ロータリー車には数ある車の中で唯一リスペクト出来る車。

そんなロータリー車によって心豊かにカーライフを楽しませてくれた車達に敬意を評したいと思い、考えてみました。


一台でも多くのロータリー車を残す為に賛同して頂ける人がいれば老若男女、業種問わず、そんな垣根はいりません。
ロータリー車でカーライフが楽しめた、好きだ。
そんな愛情がロータリー車を救い育てると思います。


マツダさんにはもっと胸張ってロータリー車を大事に育てていって欲しいし、発売されたら後はオーナーさんが育ててくれると思います。

どんな様な会にするか、まずは賛同して頂ける方、お手伝いして頂ける方を募集したいとお客様でもあり友人でもある、川上氏、向谷氏に相談した所、快く快諾して頂きまして現在に至っています。

 

メンバーに関しては、現在趣旨に賛同して頂いた方に対してメールやFacebook、Twitterから募集しています。

会費等に関しては現在は無料です。(2017/10/22)
今後有償になるかも知れませんが、その際は改めてスタッフからご案内申し上げます。

どうぞ皆様宜しくお願いいたします。


バックトゥザストーリー


storyには書き切れないので続きを書きます。

 

私が、その様に強く思うきっかけは中村屋代表の中村英孝氏の存在でした。

中村氏とは中村氏がスティルウェイ時代(チューニングショップ)に遡り当時、そこで働いていた中村氏が当店のパーツを良く使用して頂いおり、私の事は知っていたそうです。

 

転機が訪れたのは数年前に、当時RX-7(FD/FC)型のECUが仕様に合わない社外ECUが多く使用されておりその為に不具合も多く、メインのECUで調子の良いECUは無いか模索している所に中村屋に行き着きました。

(当時はメインECUからポン付可能社外ECUに市場は移っていました)

 

当時は車のSNSで有名な所で展開していましたが、氏のブログの上げ方(良いも悪いも全て書く)がサイト運営側の目に止まり退会を余儀なくされました。そんな中村氏とコンタクトを取る事になったのは、お客様に中村屋のオリジナルブランドのECO CPUを私の個人的私見でオススメしていたからでした。(当時の当店ではECO CPUの取り扱いはありませんでした。)そんな中、中村氏と直接取引出来るご縁が生まれ、先のスティルウェイ時代の話からECO CPUを取り扱う事になりました。(関東及び東日本では初)

 

そんなご縁から今度は毎年行われる中村屋主催の「りんくう7Day」と言う関西では大きなRX-7のイベントにご招待をいただきました。

そこで体感した事、中村氏との出会い(面前はこの時が初)がstotyのキッカケになりました。

ただその時はあくまで空想でしかありませんでしたが、2016年の10月に偶然にも転機が訪れました。

 

2016年は、りんくう7Dayが実行委員会に推移するとの発表でしたが、諸事情により残念ながら最終的に解散してしまいました。

(実は解散しない様に個人的に色々尽力したのですが・・もし委員会が存続していたら、ロータリーエンジン保存会は無かったと思いますので何がどうなるかは予測はつきません)

 

そんな解散した矢先に、お店のお客様でもある方に私が過去に書いたブログ(RX-7保存会 仮称)を持ち出されましてバラバラになった委員会のメンバーと何か形に出来ないかと相談されました。

 

色々問題はあるとは思いますけど、空想が現実になるチャンスでもあるのでまずは人集めから始めました。

もちろんどうなるかも判りませんから、人選等発表出来るまでは慎重に活動していました。

 

最初は元委員会のメンバーと私の友人の数名程でしたが、少しずつ話を詰めてやっと今年(平成29年)の新年会で従野孝司氏や小早川氏、貴島氏、マツダディーラーさんの数名がスタッフに加わって戴く事になりました。

 

もちろんそれで終わりでは無く、スタッフの人事、HPの製作等、まだまだ多くの事がありますが少しずつ形になって来ました。

この様に何かを体験したりちょっとしたきっかけでこうしたstoryが生まれました。

 

最初は私のフィクションからでしたがこの様にノンフィクションへ推移しました。

この全てのご縁はロータリー車に携わっていたから生まれた縁です。

携わっていなければこうした縁は無かったと思います。

 

私は縁は正しく円(金額や形)であり園であると思います。

人間味あるロータリーエンジンの火を絶やさない為にも皆様と共に一台でも多くの実働車を残せる様また、新たなロータリー車が生まれます様に尽力して行きたいと思います。